1990年ブルキナファソ国立伝統音楽の一等を受賞後国立舞踊団での演奏を開始。Irène Tassembedoカンパニーの演奏を機に来仏。音楽院で教鞭を取りながら、バロック、現代音楽の分野でも活躍。自国の民族文化と音の関係の体系化を目指し研究。共著「La Voix du Balafon」(バラフォンの声)においてメソード体系を確立する。伝統音楽のグループ「Kaba-Kô」主宰。
アビジャンに生まれ。2000年に来仏、Georges Momboye主宰カンパニーで活動。Trilok Gurtuのアフリカプロジェクトではメインボーカルを、Frédéric Gallianoとの演奏を通し伝統的なアフリカの音楽とジャズ、エレクトロニックの融合に試みる自身のグループDenssikoを2003年に結成。
7歳からドラムを始める。14歳から19歳まで父と船の上で生活。カリブ海地域を訪れ、キューバ国立音楽院にてFelix Figueroaに師事。2005年から2009年、Nȃrȃyȃnȃ (レゲエ)でAlpha Blondy アルファ・ブロンディーの前座をつとめ、数多くのフェスティバルに出演。Human FeaxにてレンヌのTransmusicalesに出演。
2000年Vannesジャズフェスティバル賞。インドにてドタラをNimai chan Baulの元で習得。パリ市コンセルバトワールを卒業。同年エジプトへ渡り、ウードをHazem ShaheenとAbdo Dagherに師事。ベンガルの吟遊詩人 Paban das baul (Real World CD Tana Tani録音)Cheick-Tidiane Seick & Marque Gilmoreと共演。スタジオワーク、ドキュメンタリー映画の音楽制作に多く携わる。Kyメンバー。
パリ市コンセルバトワールJazz科修了。即興という方法で、様々な類のミュージシャンとの演奏を実現し、自己のフォルクロールを探求するユニット「Ky」を主宰。 「interactive art」を洗足現代美術研究所と共に、モロッコでは造形作家とスーフィー音楽家と、音の制作に取り組む。世界に溢れる自然の音に触発され紡ぎだされる音を、saxを通しての表現をめざす。
仲野麻紀とヤン・ピタールによるユニットKy [キィ]。彼らが探る、即興を軸にした音の旅は、現代と伝統の間に。2009年アフリカラーフェスティバルにて、ブルキナファソの伝統楽器バラフォン奏者、ムッサ・ヘマと共演した仲野麻紀は、そのより深い音を探るべく現地バンフォラに赴き、相互の持っている音を共有する「歩み寄り」という方法で、Bala Dée(木の音の意)を結成。2010年Bala Déeは、パリ郊外Guyancourt市から、アーティストレジデンスとして選ばれ、約3週間の制作期間と、学校での授業、コンサートを実施。その後フェスティバル等で演奏活動を続けています。